イタリア自動車雑貨店
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第44回  ●7月の言葉




 カバンがない、と気づいたのは、マラネッロから350kmも走ってきたあとだった。事務所のガレージにクルマを入れて、部屋のカギの入っているカバンを助手席の足元に探したけれど、そこにはマラネッロのスーパーで買ったものが入っている白いレジ袋しかなかった。たしか、このレジ袋の下に置いたよなあ、ともう一度確認してみる。でも、そこにはもうずいぶん長い間掃除していない汚れたフロアマットがあるだけだった。

 リアシートは折りたたんで荷物が満載の状態だった。それを全部引っ張り出して、ラゲッジルームの部分も併せて、もしやと思って探してみる。でも、ない。血の気が引く。どこかに忘れてきたのか。気持を落ち着かせて自分の行動を思い起こす。いや、スーパーのレジ袋を車内に置く時に、確かにカバンがあるのを見ている。とすると、それからクルマを停めたのは、ピアチェンツァ近くのサービスエリアしかない。エスプレッソを飲むのに5分ほど駐車した。でも、あの時、カバンはそのままにしてクルマから離れたはずだ。だとしたら……、盗まれたのか。

 ようやく事態が飲み込めた。そう、カバンは盗まれたのだ。クルマの鍵穴の部分、ドアガラスのサッシの部分、仔細に調べても、無理やり力を加えたような跡は見つけられなかった。サービスエリアで駐車したときに、施錠のアンサーバックも確認していたから、なんだか狐につままれたような思いがするけど、カバンが盗まれたのはもう紛れもない事実だった。

 部屋のカギはカバンに入れていたので、ガレージの所で万事休すである。部屋に入れない。でも、そんなことより、もっと深刻な事態に直面していた。カバンの中にはパスポートも入っていたのだ。そのほかに入れていたもの。現金5,000ユーロ〔約70万円!〕、国際運転免許証、日本の運転免許証、名刺入れ、デジタルカメラ、電子辞書、手帳、万年筆、そして父の形見の金色の釈迦観音像。あっ、小切手も入っていたはずだ。もう、あまりのことに、カラダがふわふわしてくる。いろんなものを一挙に失くして、風に吹かれて飛んでいってしまいそうに、自分が頼りなくなっていた。

 部屋の合鍵を預けているロベルトさんに、ガレージのクルマの前から電話をかけた。高速道路のサービスエリアで5分ほどクルマを離れた隙に、と言い出した途端、何を盗まれたんだ!という大声が返ってきた。もう、ひとつひとつ挙げるのも面倒になってしまって、全部、と答えた。全部、盗まれた。でも、結局、「全部じゃわからない」というロベルトさんに従って、思い出せる限りのものを挙げた。ひとつ挙げるたびごとに、ロベルトさんがどんどん興奮してくるのが伝わってくる。あれだけいつも言っていただろ、あれだけ、と、この台詞が一体何回繰り返されたことか。

 それから15分ほどして、ロベルトさんが合鍵を持ってきてくれた。鍵を僕に渡す前に、電話と同じ答えになる質問が繰り返された。それに答えながら自分がどんどん落ち込んでいくのがわかる。顔を真っ赤にしたロベルトさんが、何度も何度も言う。パスポートなんてコピーでいいんだよ。小切手を持ってるのに、なぜそんなに現金を持ち歩いていたのか。旅行者の多いこの時期のサービスエリアは危ないんだ、等々……。激しい手振りを交えて、ロベルトさんの叱責がいつまでも続く。その前でうなだれる自分。

 ああ、夕焼けだ。目線を上げるとちょうどロベルトさんの肩越しに夕陽が沈んでいくのが見えた。ロベルトさんがまるで『巨人の星』の星一徹のように見えた。

☆☆

 いつもマラネッロに行く時は、トリノを朝の5時頃には出発する。片道3時間半〜4時間はかかるから、1日を有効に無駄なく使おうと思ったら、どうしてもこの時間に出て行くことが必要になる。マラネッロに泊まれば楽なのに、とよく言われたけど、トリノに戻ってこないと1日がいつまでも終わらないような気になってしまって、かえって落ち着かない。でも、帰ってくるのが夜中になってしまうこともある。マラネッロに行くと言ったって、グッズショップに並んでいるものを物色しているわけではない。コレクターズ・アイテムの類なんてそんなところにはないからだ。マラネッロやモデナ近郊の知り合いを何軒も訪ねて回わる。当然時間もかかる。

 忘れもしない昨年2004年の5月11日。その日も、明け方にトリノを出てマラネッロに向かった。トリノ郊外モンカリエッリからアウトストラーダA21号線でピアチェンツァを経由していく。途中、ワインの産地として名高いアスティを通る。なだらかな起伏の続く丘陵地帯だ。130km/hくらいで走っているとほんとに気持の良い緩いカーブと空に延びる滑走路のような直線。“アスティの丘”はいつドライブしても心が躍る。

 そのアスティの丘を下りきった辺りで、その日午前6時頃、僕は事故を起こした。単独事故。眠気をまったく意識しないままに眠ってしまった。ほとんど奇跡的な運の良さで、20mほどのガードレールの切れ目から、もちろんノーブレーキで、アウトストラーダを飛び出していた。落ちたところは10mほど下の畑の中。猛烈な衝撃を受けたこともほとんど夢うつつで、実際、畑で助手席を下にした状態でクルマが止まったときにも、一体何が起きたのかまったく理解できない状態だった。

 アウトストラーダから飛び出していく僕のクルマを目撃したトラックの運転手が、助けに来てくれて、クルマから引きずり出してくれた。ああ、眠ってしまったんだ、とその時初めて状況が飲み込めた。左肩がすごく痛んだけど、大きな怪我もなく、トラックの運転手に手を引かれ、斜面をよじ登ってアウトストラーダの路肩に出た。ここから出て行ったんだ、と示されたガードレールのわずかな切れ目を見たとき、その時初めて膝が震えた。

 この事故を契機にして、時として、もう無理なんだなあと思うようになった。イタリア自動車雑貨店を始めた頃は、エアコンもない900ccのY10のアクセルを床まで踏んづけて同じ道を走っていたけど、今はもう同じように出来ないのだ。この10年で得たものと失ったもの。どっちが大きいかなんて問題じゃなくて、ましてや得るために失ったなんていう貸借対照表みたいなみみっちい問題じゃなくて、得るものがあれば失うものもあるという自明のテーゼの前で、僕はもう謙虚になるべき時を迎えたということだったんだろう。それは誰もがやがては通る道だ。

 そして今回の盗難である。ロベルトさんに叱りつけられながら、ダメだなあ、ダメだなあ、とそれしか出てこない。油断してるんだよ、隙があるんだよ、ひと休みしようなんて思うからだよ、と自分を責める自分がいる一方で、もうつくづくイタリアはイヤだ、イタリアが最悪なんだよ、と悪態をつく自分がいる。

 どれくらいガレージの前に立っていたんだろうか。今日はもう早く寝たほうがいいよ。ロベルトさんはその言葉とともにようやく合鍵を渡してくれた。鍵を開けて部屋に入る。エアコンなんてほとんどの家庭にないイタリアで、僕を迎えたのはムッとするほどにこもった熱気だった。きっと35℃くらいある。イタリアは最悪だ。扇風機を最強にする。冷蔵庫からリモンチェッロを出してガブ飲みする。そのままベッドに倒れ込んで、いつの間にか眠ってしまった。

☆☆☆

  翌朝、すぐにカラビニエッリに盗難の被害届を出しに行った。待合室で1時間も待たされる。あまりにも待ち時間が長いので、待合室から出て廊下をウロウロしていたら、制服の前ボタンがはち切れそうに太った係員から、部屋に入っていろと注意を受ける。まだですか?と訊いたら、non lo so (わからない)だって。なんだよ、わからない、って。

 ようやく順番が来て、パソコンの端末が1台置いてある部屋に通される。型どおりに事情を聞かれ、昨日から何度も言ってることをここでもまた繰り返した。驚いたことに、少なくともトリノのカラビニエッリには被害届のような書式は存在しない。つまり、どういうことかというと、カラビニエッリの用箋に、こちらが答えたことを「文章」にして係員が入力していくのである。被害品、というような欄があって、そこに該当品を記入していくのではなくて、7月5日、ボローニヤ/ミラノ線、Ardaのアウトグリルでクルマの鍵を開けられ、○○と○○……を盗難にあった。という調子で作文のような被害届を作成するのだ。そしてプリントアウトされた書類に係員と僕がサイン。それで終わりである。

 まったく期待できないということだけはよくわかった。まあ、この用紙の控を持っていれば、免許証を盗難にあったという証明にはなるので、堂々と運転できるという効用がある。それが唯一の救いだった。そして、そのあとにミラノの日本領事館に電話をして事情を話し、パスポートに代わる渡航証明書の発行について問い合わせる。慇懃無礼、かつ感じの悪いことこの上ない日本人の領事館員が、棒読みのようにして手続きに必要なものを告げる。写真2枚、航空機のチケット、持っているならパスポートのコピー、これを持って出発の3,4日前に領事館に来なさい、という。

 それから銀行。盗られた小切手を無効にする手続きをした。支店長が出てきて、サービスエリアではよくあることだと話し始めた。なんでも、彼らは3〜4人のグループだという。サービスエリアに入ってくる、特に荷物をたくさん積んでそうなクルマを狙う。ひとりはクルマを降りた「獲物」の後について行動を監視する。今回の場合、「獲物」である僕はその時エスプレッソを飲んでいた。そして最低二人がクルマに取り付き、鍵を開ける者と、それを隠すようにして傍らに立つ者とに役割分担する。「獲物」の監視役とクルマの傍らに立つ者は携帯電話で連絡を取り合っているらしい。

 でも、5分ほどしかクルマを離れていなかった、という僕に、2分もあれば、奴らは鍵なんて開けてしまうさ、と支店長は言った。これで生きているプロなんだよ。そう言って、顔の半分くらいを覆っているメガネを意味もなく外し、そして掛け直した。5,000ユーロは大金だね。

 ああ、これで届け出も手続きも領事館以外は全部終わった。問題は何ひとつ解決していないのに、少しだけ肩の荷がおりたような気になる。銀行を出て、アンセルモ通りからマダマ・クリスティーナ通りに向かう。途中、グリーンのベストがユニフォームのクラシックなバールに寄ってエスプレッソを飲んで、正午前のうだるような暑さの中をロベルトさんに会いに行った。

 今日は少しは元気か? と昨日とはうって変わってロベルトさんは穏やかだった。ふつうです、と僕は答えた。なぜだか銀行の支店長の言葉が不意に甦ってきて、それにしても、5,000ユーロはやっぱり大金です、と僕は言った。

 ロベルトさんはデスクの前から立ち上がると、部屋の入り口で立っている僕のほうにやって来た。そして、確かに不注意だったな、と言った。でも、その5,000ユーロがないことで君の人生は変わるのか、と僕の肩に手を置いた。その言葉がどんな慰めにもまして心に残る。今はもうポンコツのY10で休みなく走り続けるなんて到底できなくなってしまった男に、ささやかな救いをさしのべてくれる言葉だった。激情家のロベルトさんは、やっぱりその時も星一徹のようだった。

(注)文中にあるようにデジカメを盗られてしまい写真が撮れませんでした。添付の写真は本文とはまったく関係ありません。





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