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 イタリアが好きだ。イタリアに行きたい。そんな想いがふくらんで、いつしかそこでの暮らしを夢みるようになっていった……。待っていたものはなんだったのか。当店スタッフ山崎基晋は、京都での生活をリセットして、憧れの国イタリアへ飛んだ……。

第5回 憧れのケイタイ電話


 


ケイタイが欲しい

 ミラノに住む前から楽しみにしていたことがいくつかあった。その中の一つに、イタリアらしい、デザインセンスのいいケイタイ電話を使う、ということがあった。ミラノでの生活に慣れ親しんだ自分の姿を想像するとき、真っ先に思い描いた光景は、町を歩きながら流暢なイタリア語で、MILANESE(ミラノで暮すイタリア人)の友人とケイタイで話をする、というものだった。こんなことを考えていると、これから過ごすイタリアの生活がとても楽しいものに思えた。

 まだ日本を出発する前から僕はWEBサイト等で、海外で使われているケイタイ電話がどんなものか暇があればチェックをするようになった。イタリアで使われている携帯電話の通信方式はGSM(Global System for Mobile Communications)と呼ばれ、ヨーロッパ諸国と日本と韓国を除くアジア全域で広く使用されている方式だ。そして、SIMカード(Subscriber Identification Module)と呼ばれる2cm×3cmぐらいの大きさのメモリーカードを、GSM方式の端末機に挿入して使用する仕組みであることがわかった。

 通話料金の支払方法はRicaricardと呼ばれるプリペイドカードを購入し、通信キャリア会社に端末機から、もしくは固定電話からカードに表示されている電話番号に電話をし、ガイダンスにしたがってコード番号を入力するという方法で、100,000リラ、50,000リラ(2000年10月時点)といったカードを使用するのが一般的だった。

 イタリアに到着し、ひと段落した頃から、僕のケイタイ電話探索の旅が始まった。どんな種類があって、イタリア人はそれをどんなふうに使っているのか、とにかく町に出かけてはケイタイ、ケイタイと目を血走らせていた。

 まずは、イタリア最大の通信キャリア会社“Telecom Italia(TIM)”の、フェラーリのF1チームのスポンサーにもなっているおなじみのロゴマークをさがした。そうしているとTIMの次に、テレビで通話料金の割引CMを頻繁に放映しているOmnitel(現Vodafone)のマークも見かけるようになった。

 TIMやOmnitelの立派なショールームはそれほど多くはないけれど、このどちらかの看板のある小さなケイタイ電話ショップは無数にある。そしてそこでは必ずといっていいほど誰かが熱心に、最新モデルに見入っているのだった。そうすると、その姿にひきつけられたように次々に人が集まってくる。ショーウィンドウの前は、だから1日のうちに何度も人だかりができるのだった。その中にまじって、僕も懸命に機種選びを始めた。


踊るイタリア人

 ショーケースの中には鮮やかな色使いで最先端のデザインをまとったNOKIA、比較的値段の手頃なERICSON、コンパクトで実用的に見えるMOTOROLAといった製品が並んでいる。その他にはSONYやPanasonicといった日本の製品も時々見かけることがあった。特にSONYの製品は値段が高く、デザインも日本国内で見かけるものと違いヨーロッパで好まれるようなデザインで、高級感と高性能であることを感じさせひときわ目立っていた。イタリア人はSONYが好きだから、みんな憧れの眼差しで食い入るように見ている。その姿を目にするたびに、やはりMADE IN JAPANは最高だろと、僕は何だか誇らしい気分になっていた。別に自分が作っているわけでもないけど。

 電話機の値付けは販売店によってまちまちだ。最新機種は高価だが、型遅れの製品はどんどん安くなっていく。しばらくすると、あそこの店にはNOKIAのあの機種がそろっていているとか、すこし古めだが安い機種をそろえているというようなことを、僕も把握するようになっていた。

 ケイタイの使い方は、日本のそれに比べてかなりおおらかだ。通りを歩いている時やトラム(路面電車)やバスの乗車中、レストランでの食事中、語学学校の授業中、どこにいるときでもお構いなしに着信音が鳴り出す。静かな場所で着信音が鳴り出すと、周りの視線をいっせいに浴び、あわてて電源を切る日本の事情とはまた全く違う。悪びれる様子もなく、いきなり会話が始まることが多い。

 どこからともなく聞こえてくるこの着信音に反応して、ポケットや鞄の中を探り出す人がいるのは日本でもよく見られる光景だが、とにかく面白いと感じたのは、他人の電話の着信音を聞くと踊りだすようなしぐさをするイタリア人が多いことだった。イタリア人は音に敏感に反応する。着信音ではないけれど、語学学校の教材テープのイントロ部分のミュージックを聴くと、何人かの教師は必ず踊りだすような格好をしていた。

 着信音は日本製の端末機が奏でるきれいな和音ではなく、すこしキンキンしたような尖がった感じだった。機種によって設定された着信音を色々と選択できるようになっているのはモチロン、WEBサイトからもダウンロードできるようにもなっていた。液晶画面はカラー表示ではなく、日本製のものと比較すると明らかに一世代前の印象ではあったけど。

 さて、ある日曜日の朝、ついに目をつけておいたお気に入りを購入する決断をした。SIMカードと本体を合わせて950,000リラ(約6万円前後)もする高価なものだが、どうしてもそれが欲しかった。アルファロメオやフェラーリを思わせるような赤くてスタイリッシュな、NOKIAの最新機種だった。そう思うと、いてもたってもいられなくなり、勢いよく部屋を飛び出した。地下鉄に乗り込み、Piazza Duomo(Duomo広場)へと向かった。ブティックが並ぶ広場の脇にある通りの、バージンメガストアー(ビデオ、DVD等の専門店)の、更に奥に進むと目指すショップがあった。ここにはもう何回も通った。そして、例のNOKIAをショーケースから取り出してもらった。


幸せな夜明け

 手にした瞬間に完全に決めていた。別に細かなことを確認もせずに、僕はこれをくださいと店員に告げた。Telecom ItaliaのSIMカードも一緒に、と言うのも、もちろん忘れなかった。すると店員は「Codice Fiscale(契約ごとがあるときに必要な身分証明書)を見せてください」と言った。僕はまだこのカードを取得していなかったので、パスポートに貼り付けてある留学ビザを見せ、知っている限りのイタリア語を駆使して懸命に事情を説明した。

 どれだけ僕の言葉が理解されたのかはわからなかったけど、若くて背の高い店員は僕が差し出したドキュメントのコピーをとり、パソコンで何かを調べた後にオッケーを出してくれた。クレジットカードを渡し、サインを終え、品物を袋に入れてもらうと、僕はそそくさと店をでた。早くく触りたくてうずうずしていたのだ。すぐに近くのバールへ入った。

 テーブル席に座ると高くなるから、いつもは立ち飲みすることが多いけれど、この日はカカオの入ったカプチーノを注文したあと、テーブル席に座り込んだ。注文の品物を運んできた店員は、僕のケイタイを見ると、新しいモデルか?と声をかけてきた。他のテーブルに座っている人達も興味ありげにこちらを眺めている。僕はすかさず店員に、バッテリーを充電するためにコンセントの電源を使ってもいいか、と尋ね、オーケーをもらうとコンセントにバッテリーの充電ケーブルを差込んだ。そうして、少し興奮気味に外箱を開け、本体を取り出しセッティングを開始しようとした。

 説明書やなんだかわけの分からないカードがたくさん入っていた。これは収まりがつかなくなりそうだ、と直感した。組み立て説明書も読まずにプラモデルをすぐに作りたくなる悪い癖がある僕は、経験的にもっと落ち着いた場所でやるほうがいいと瞬時に判断したのだった。アパートに帰ろう、と思った。充電機のケーブルをコンセントから引き抜くと、僕はカプチーノもそのままに急いでバールを出て、アパートに向かった。

 アパートに帰るとすぐにセッティングを始めた。ベッドの脇においてある古い木製のテーブルの小さなライトスタンドの明かりを灯し、一晩中辞書を片手に説明書を読んだ。気がつくと窓の外は明るくなっていた。電話機の使い方はだいたい理解できたけど、まだ電話をかける相手がいなかった。だから、セッティングが終わったケイタイを眺めたり、触ったりしていただけだけど、僕にはなんだか充実感のある、幸せな夜明けだった。約3週間を要した僕のケイタイ電話探索の旅が終わった。

 イタリアに来て一ヶ月、まだまだ思うように物事が進まないことばかりだったけれど、お気に入りの必須ツールを手に入れた僕は、なんだか少し、体が軽くなったような気持になっていた。



(つづく)




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